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zoom RSS 【2−6】東アジア鉄道の旅−インド南部2014年11月−

<<   作成日時 : 2014/11/22 23:07   >>

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6日目(ハイダラーバード散策

夜が明けると列車は南に走行、東から太陽が昇って行くところ。どこまでもデカン高原の風景が広がる。耕作地はサトウキビと米が主。朝食は持参のシリアルとバナナ、車販のチャイは10Rs.(20円)。
 ハイダラーバードの少し手前から列車は徐行を繰り返す、ターミナル駅が混んでいるようで1時間遅れ。午前10時に新市街(郊外/副都心)のSECUNDABAD JN駅に到着。ハイダラーバードはアーンドラ・プラデーシュ州の州都、デカン高原の中央に位置。インド南部でもここは歴史的にイスラム色が強い土地柄。地名のabadとはイスラムの街との意味。また、イギリス植民地時代にも独立を保った藩王国のひとつでもある。そしてヒンズーとムスリムとが共存してきた街でもある。
 実はアウランガーバードからチェンナイ方面へ直行する列車はなく、すべてハイダラーバードでの乗換となる。私が予約した午後6時半発の夜行列車までかなりの時間。
 予約したRetiring Roomで休憩、荷物を置き身軽な格好で市内散策へ。当初は近郊列車でHYDERABAD DECCAN駅へと思ったが本日は日曜日。駅前の大混雑を見て近郊列車乗車、郊外へのバス旅は気持ちが失せた。高原の街のせいか晴天でも、日陰だとさほど暑く感じない。

 先ず向かったのは駅南口(表口)のバスターミナルから路線バス(18A)で南へ、旧市街で一番の観光地とされるチャール・ミーナール(バス終点)を目指す、距離制で15Rs.(30円)。
 このバス路線は途中でフセイン・サガール湖を経由するが、湖の中に大きな釈迦仏像が建立されている。ここハイデラバートの民族・宗教融和のシンボル。
 この意味を理解するには少し説明が必要、現地の方から列車内で聞いた話を私なりに整理した内容。ちなみ車内の観光ポスターにもこの仏像のアップ写真が使われていた。
 ハイダラーバードはもともと名前からしてイスラム色が強い土地柄だが、この地域ではムスリムとヒンズーは仲良く共存して生活。本来、宗教や教義自体の違いは問題とならないはず。どちらも他者への寛容を説いている。インド特有の複雑な身分階層社会で問題となるのは、特定集団が政治的、経済的、社会的に冷遇されること。
 さらにインドは州の自治権が強く、南インドでは中央政府への対抗意識が強い。その点でここはムスリム、ヒンズーも共通の利害関係。
 宗教融和のシンボルとして釈迦像が設置されたのは興味深い。イスラムの街だからとそれらしいシンボルにするとヒンズーからは反対。一方ヒンズーは仏教には親和的。イスラムのアラー神、ヒンズーのシヴァ神、ガネーシャ神などはいずれも神話に基づくもの。しかし釈迦は実在の人物。仏像として崇拝するのでなく、人間の平等と尊厳を説いた覚者としての釈尊を民族・宗教融和のシンボルとして位置づけて16世紀に設置したもの。仏教の平和主義を宣揚する形となった。事実、PRポスターでみる釈迦像は金ピカ仏像ではなく、人間的な表情に溢れた立像である。湖畔からボートで見学できるとか。インド独立のさい宗教的理由で分離独立の悲劇を経験した北インドとは土地柄が異なるよう。同じように宗派を超えて尊敬されたのが国父・マハトマ・ガンジー。その言葉と行動が残る。

 終点のチャール・ミナールへは30分程の乗車。チャールは4、4つの尖塔とのネーミング。現地で確認すると何のことはない、十字路のロータリーの真ん中にある搭。旧市街のシンボルと言われれば、そうかもとの評価。このあたりはイスラムの雰囲気がある下町の旧市街。

正午となり同じバスで戻って途中のAbidsで途中下車、往路で道路沿いにマクドナルドの看板を見つけた。ここで昼食と休憩。このあたりが中心街のよう。中央郵便局GPOもここにある。
 ここから東に徒歩でHYDERABAD DECCAN駅へ。近郊列車は本数があまり多くないので車両の確認のみ、ムンバイと同じ型式。元のAbidsに戻り、ショッピングモール内にあるスーパーで食料調達、ブレッド、フルーツの購入。残念ながらブレッドは賞味期限間近のせいかパサパサして美味しくない。インドのスーパーでは冷温管理ができずデリカテッセンはまだない。

 再びバスに乗車、SECUNDABAD JN駅に戻る。早速シャワーを浴びて、ベッドに横たわると至福の時間。機関車の入出線の警報が聞こえて、窓を開けるとホームの一角を望むこともできる。室内で夕食を済ませ、予約した列車の到着待ち。
 ホームは人で大混雑、1本前の列車がなかなか出発しない。動きだすと低クラスGN、SLのドアに飛び乗る現地の方が多数、これを制止しようとする鉄道警備員。中には追い出された人も。うまくもぐり込めたらラッキーだが、無賃乗車。車内にはすでにびっしり乗客。仮に検札があっても連結部分の真っ暗な場所に追いやられるだけ。なお、この駅の警備員は植民地時代によく見られた長い警棒を所持。
 このため私の列車も結局30分遅れで出発。A2クラスはAC付、開放2段ベッド向い合せ、電源も使える。ベッド幅はやや狭くなり日本の開放B寝台のイメージ。定刻では午後6時45分発の夜行列車で臨海部のチェンナイ(マドラス)へ。しばらくして私はベッドメイキングして就寝。厚手の毛布があるのでエアコンも気にならない。

画像車両内 









画像沿線風景









画像SECUNDABAD JN駅









画像SECUNDABAD JN駅









画像SECUNDABAD JN駅









画像Retiring Room
ネット予約済み、駅での荷物一時預かり所はカギのかからないリュックサックは不可、デイユースとなるがロッカー兼の利用







画像Retiring Room
ダブルルームでのシングルユースに係員が少し驚いたよう、確かにインド流ではない







画像Retiring Room
トイレ、シャワーもあるがアメニティは一切ない








画像Retiring Room
鍵と錠、鍵はチェックアウトのさい返却








画像SECUNDABAD JN駅
副都心








画像駅前風景
身軽な格好で駅右手のバスターミナルからバスに乗車








画像フセイン・サガール湖の仏像
民族・宗教融和のシンボル








画像チャール・ミーナール
旧市街
終点で降車、バスは右方向に走り去る







画像チャール・ミーナール









画像チャール・ミーナール
別角度から








画像チャール・ミーナール
狭い階段で上に昇ることができる








画像チャール・ミーナール









画像チャール・ミーナール
四辻円形ローターリーの中にある塔なので四方を眺められる








画像チャール・ミーナール
仙人や著名人に似ていたのか、よぼよぼと歩く姿が面白かったのか、ここで休憩していると何人かの現地若者に手を組んで携帯カメラで写真を撮られた、インド人はわからない、当然こちらの写真撮影にも快諾、ここは有料柵内で犯罪の要素はない、以前泊まったホテルのレストランで親しくなったボーイに2回、日本製ソーラー腕時計を外して見せてあげたことがある



画像Abids
一番の繁華街








画像HYDERABAD DECCAN駅(Nampally駅)
都心(新市街)








画像HYDERABAD DECCAN駅









画像HYDERABAD DECCAN駅
近郊列車はボンベイと同じ型式、本数は少なく、特に日曜は少ない








画像バス車内
元の駅へ、近郊列車での移動よりバス便の方が便利








画像SECUNDABAD JN駅
1本前の列車、写真撮影は原則禁止、注意を受ける








【2−7】へ
http://sey.at.webry.info/201505/article_19.html

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