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zoom RSS 夏の夢−二つの道−

<<   作成日時 : 2016/03/19 08:33   >>

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1 田園風景
 日曜日の午後、季節は初夏へと向かう穏やかな陽気。ここはドイツの地方都市のひとつ、D市。かつては有数の炭鉱都市だった。郊外の自宅で一人の青年が庭先のベンチに腰掛け、くつろいでいる。視界には丘陵地に青々とした麦畑が広がり、遠くに糸杉の樹がまばらに見える。カエデの大木がある庭で青年はモバイルプレーヤーで音楽を聴いている。彼のお気に入りは、ベートーベン交響曲第6番・田園。
 青年はこのD市で、ある雑誌社に勤めている。小さな出版社だが良心的な論調と評価の月刊誌編集に携わる。彼の仕事は、編集会議、原稿依頼、編集・校正、デザイン最終確認などで、時には自らコラムを執筆、取材写真を撮ることもある。忙しいがやりがいのある仕事だ。ようやく筆者校正を終えて今月も無事校了。ほっとして、しばしの休憩。彼は誠実で明るい性格、他の多くの若者と同じく母国語以外にフランス語、英語を話す。執筆者の作家・大学教授に愛され、時には家族と一緒に食事に招かれたりもした。
 妻がクッキーとお茶ができたと告げに来た時、彼はふとまどろんでいたようだった。ひと呼吸すると気力が回復、元気に立ち上がった。彼の家族は妻と6歳の息子。息子は「少しはにかむが、笑顔が素敵な子ども」だった。ほんの一瞬だったが青年は不思議な夢をみたようだった。

2 草木の会話
 夜のとばりが降り人々は寝静まった。ある哲学者が「いかに感歎しても感歎しきれぬものは、天上の星の輝きと、わが心の内なる道徳律」と悟ったあの瞬間と同じ静寂な時刻。
あの青年の家、その庭の片隅でタンポポがカエデの樹に語りかけた。
タンポポとカエデの会話―――
タンポポ:「カエデさん、さっきは素敵なメロディね。ところで、あの中でドーン、ドーンの音は何かしら」
カエデ:「そうだね、タンポポさん、きっと嵐の時の雷鳴ですよ」
 草木に目はないので、あの交響曲が突然の嵐で雷鳴がとどろく風景を音で表現したとは分からなかった。しかし、植物は音を聴くことはないが、その波動を感じることはできるので、どんな微細な音や声でも感ずることができるのだ。
タンポポ:「私は平凡な花よね。私が高い山の頂に一輪だけなら、人々は珍重するのかしら」
カエデ:「そんなことはないさ。僕はずっとここで生きてきた。悲惨な戦争も見た。だから人間は大嫌いだ。だけど今はこの庭で優しい人たちに囲まれて、ゆっくりと静かに生きる僕の願いはかなったよ」

3 青年の夢
 ふとまどろんだ時のその夢とは、遠い異国のこと。自分は貧しい身なり、汗と埃にまみれた着物で、銀山の坑道に入って銀鉱石を採掘する坑夫だった。銀山採掘場は出入りが厳しく監視されていた。しかし自分は仕事を終えて、立ち入り禁止区域内の使われていないある坑道に監視の目をくぐって入り、妻子が待つ山奥の家に戻らなければならなかった。岩壁がずっと横に続いていたので、それが直線の近道なので今日も、暗い中を周囲の様子をうかがい、大切な荷物を抱え早足にその抜け道に無事に滑り込み、ほっとしたところだった。青年はそこで目が覚めた。
 青年は東洋仏教に関心があり、かつて日本が「ジパング」(黄金の国)と呼ばれていたのも承知している。文献を確認するとそれは、日本の地方都市のひとつO市、江戸時代に有数の銀山があった場所のことでないかと考えた。

4 1枚の紙2つの文字 
 ドイツD市の市街地で戦前からの建物が取り壊された。その時にレンガの間に布に包まれた1枚の紙が発見された。地元の新聞やTVで紹介されたが、その半分はドイツ語で、もう半分は昔の日本語で書かれていた。ドイツ語には、下水溝通路、秘密の出入口、地下の隠れ家、万一の連絡方法が記載されていた。この国では戦争中にある少数民族の絶滅作戦が行われた。マスコミの取材に付近の住民は、前から地下アジトの噂があったと答えている。以前に市当局も念のため下水溝通路を調査したが、戦後の復旧作業、その後の下水道増設、雨水・汚水分離などで様子が一変していて、その場所を特定できず、噂の真偽は確かめられていなかった。
 一方、古い日本語で書かれた内容は、日本語学科の大学教授の調査で、ある銀山の坑道入口の位置、出入の際の注意が書かれていると判明した。地元ではD市の旧・炭鉱坑道と遠く陸と海とを隔てた日本のO市の旧・銀山坑道がつながっているのでは、と初めは面白おかしく話題となったが、やがてこの1枚の紙は意味不明、何かのいたずら書きとして忘れ去られた。
 雑誌社に勤務するあの青年も、取材でこの紙を直接見たが、見た瞬間に何かほっとするような懐かしさを覚えた。赤茶けた紙の過ぎ去った時間が、そう感じさせたようでもあった。そして、自分が見たあの不思議な夢と関連するのか説明はできないので、他人に語ることもないままだった。

5 埋もれた坑道
 それからしばらくして、日本のO市でも新たな発見があった。地元の遺産センター学芸員が春のある日のこと、その日は夜に大雨が降り、朝から晴れて急激に気温が上昇した。銀山採掘場跡を調査して普段は立ち入らない区域で、ある岩壁の中腹に岩の割れ目があり、そこが結露して水滴が落ちているのを確認した。雨はだいぶ前に止み、気温が上がって林の中はよどんだ空気でむしむしとしていた。現場は山の絞り水が集まるような位置ではない。
 岩壁の左横から人ひとりが登れるような通路があった。岩の割れ目の中から坑道の冷気が吹き出し、暖かい外気に触れて結露、水滴が落下とすぐに分かった。入口部分の岩はだいぶ劣化、手で押すと少し動く。このあたりは銀鉱石を採掘し尽くして坑道を埋め戻し、自然環境を守るため一帯を植樹した地域にあたる。その木が成長して今はうっそうとした森となっている。
 半月後に現地の本格的調査が行われ、廃坑入口が開けられた。坑道は人ひとりが屈んでやっと通行できる大きさで、入ってしばらく先で崩落のため埋まり、それ以上先は危険なため進むことができなかった。しかし学芸員が入口付近で壁に刻まれた文字の跡を発見した。調査の結果、それは日本語ではなく、なぜかドイツ語で「妻子への道」と書いてあると判明した。
 この不思議な事件は日本でニュースとなり、しばらくマスコミの話題となったが、真偽が不明で特定できず、やがて忘れ去られた。
 しかし、日本のニュース紹介で、あのドイツD市・雑誌社の青年がこの記事を読み、掲載された壁写真から、確かにドイツ語で「妻子への道(我が家へ)」と読めるのを知ることになった。下水溝入口と銀山坑道入口、この2つは関係あるのか、彼は頭を抱えた。

6 ドイツの復興
 ドイツは過去2度の大戦でヨーロッパを焼け野原にし、障がい者、ジプシーやユダヤ人絶滅によるドイツ民族浄化作戦を行った。その痛切な反省のもとに戦後、周辺国との和解・融和を掲げ、新生ドイツの国づくりをスタートさせた。ナチス戦犯を世界中から探し出して裁判にかけ、学校教育でも徹底してナチス残虐行為の歴史を教え込んだ。
 もともとドイツは各州の自立性が高かったが、かつての独裁的中央集権体制の反省から、新憲法では徹底した連邦主義を採用して、地方のことは地方が決めるのを原則としてきた。東西ドイツの統合を平和裏に行い、その経済格差を解消させた。高い経済成長を実現して国民生活を安定させ今、ヨーロッパ連帯のリーダシップを発揮するまでになった。ヨーロッパで最も「信頼できる国」とも評価される。戦後40年に、ドイツのある哲人政治家は歴史の反省として「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」と演説している。
 そのドイツD市で戦後生まれのあの青年は、ある晩不思議な夢を見た。

7 不思議な夢
 青年は熱にうなされたようだった。夢の中で彼は、地下道を抜けてようやく妻子の待つ屋根裏部屋にたどり着いたところだった。大切に抱えた荷物の中には家族のための食料。彼の妻は美人だったが、その顔には深い悲しみが刻まれ、ほとんど無言だった。6歳になる息子も昔は、「少しはにかむが、笑顔が素敵な子ども」だったが、おびえたように母親に寄り添っていた。声や音を出してはいけない場所だった。そう、一家はユダヤ人家族で、この屋根裏部屋に隠れるように暮らしていたのだ。彼は同胞の人々のため地下アジトに食料を届け、仲間に誰かの消息を伝え、安全に脱出できるよう誘導するレジスタンス組織・連絡員だった。妻は、夫が無事に帰ってくるかいつもずっと心配をしていた。一家は彼が持参した食料を分け合ったが、それは同胞に配り終えて残った最後のものだった。
 目が覚めた青年は、これが過去の自分のことだと思った。

8 さらに不思議な夢 
 その翌日も青年は再び夢をみた。昨日の不思議な夢は以前、庭先でふとまどろんだ際に、自分は銀山坑夫、山奥で待つ妻子の元へ急いで向かっていると一瞬思ったあの時と同じ内容が含まれていたからである。そして彼は坑夫が大切に抱えた荷物の中身は、きっと家族のための食料に違いないと確信できた。夢を見たのは考え疲れたためのようだった。夢とはその人が見たい夢をみるようでもある。真っ暗だが勝手知った坑道を抜け、山奥の道をかけ上って、ようやく我が家に着いた。彼は妻と6歳になる息子との三人家族だった。荷物の中身はやはり、銀山採掘場で買い求めた食料だった。息子は「少しはにかむが、笑顔が素敵な子ども」だった。この子を見ると坑道での採掘作業の疲れも一気に吹き飛ぶのだった。そして、この子は自分とよく似ていると思った。
 妻に「大丈夫」と聞かれて、ここで青年は目が覚め、熱も下がっていた。彼は、これも過去の自分のことだと思った。
 時間と空間は関係性の概念なので、長さを持つのは時刻、距離である。だから、この2つの夢は時代と場所が違うが、「我がこと」ととらえてみれば、一緒で連続している、と彼は考えるのだった。

9 最後に
 そして最後に青年はこう考えた。今のこの家族はずっと一緒で、銀山坑夫の時も一緒の家族、そしてユダヤ人で屋根裏部屋に隠れ住んだ時も一緒、そして再びその家族が今ここに集まっている。常に共通する要素がいくつかある。あの二つの道は結局一緒なのだ。今は平和な時代となった。食卓を囲んで朝食を食べた時、彼は妻と息子の顔を交互に見比べた。二人は「なあに?」といった表情をしたが、彼は心の中で、そう間違いない、ずっと一緒だったと確信したのだ。
 さらに彼はこう考えた。銀山坑夫の時は家族のために働いた。レジスタンス組織・連絡員の時は同胞のために働いた。そして今自分は「文字の力で世の中を変えよう」としている。悪くはない人生だ。一歩一歩、完成に向かっているではないか。
 彼はクリスチャンだったが、彼が信ずるのは一神教の神ではない。我が内なる神、良心である。こう考えてふと、彼は東洋仏教では「生命は永遠」と教えていると思いついた。そして彼は日本の地方都市O市を訪問してみよう、と思ったのだった。

【Link】「現代仏教概説」
http://www7a.biglobe.ne.jp/~sey/butsukyougaisetsu.html  

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