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zoom RSS 名作映画「奇跡の丘」―イエスの生涯―

<<   作成日時 : 2016/06/13 21:45   >>

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 1964年製作、イタリア・フランス合作映画で、新約聖書マタイ伝に基づきイエス・キリストの誕生から磔(はりつけ)刑死までの生涯を丁寧に再現している。白黒で言葉少なく淡々と流れる映像、日本語字幕で言葉を追うのでストーリィがよく分かる。私は名作との評価。映画では、イエス最後の言葉は「父よ、なぜ、私を見捨てたのですか」となっている。
 イエスは大工の子、とても聡明な子だったとされる。キリストとは救世主の意味で、当時これは預言者、王の両方の意味をもつ。

 私は映像の中で2000年前の当時の人々の暮らし、住居、衣服、そして磔の刑の実際がイメージできて、とても良かったが第一印象。
 現代的な視点からは、処女妊娠、病気・障害治療、湖上歩行などのイエスの奇跡とされるものは、当時の弟子信徒がそのように感じたものとしか言いようがない。イエスの呪術との評価もできる。死者の復活も象徴的な意味、心の中に生きていると解釈すればよい。今私たちが一般的に理解するキリスト教の神とは、我が内なる神(我が内なる道徳律)のはず。「神と幼な児」の関係が現代に通用するはずもない。宗教は人間のためのもの。
 
 個人的な感想としてはイエスの生涯は、ソクラテスの殉教とよく似ていると思った。それは自らの信条のために名誉ある死を望む姿勢である。おそらくこれは個人主義を基調とする西洋人の根底にある感情に違いない。簡単に言うとイエスの主張は宗教改革を目指し、聖典(旧約聖書)の原点に還れ、というもの。当然にそれは既成権威に挑戦するものとなる。
 イエス独自の主張とは「貧しき者」(心清き者)への同情・共感である。これは民衆の心をつかむが、腐敗堕落した聖職者・権力者からは社会秩序を乱す者として弾圧を受ける構図となる。弟子の一人がイエスを裏切ったかどうかは問題とならない。それは改革者が常に避けて通れない教訓。
 既成権威にとって処罰は、「イエスは神を冒涜した」との都合の良い口実・言い訳だけで済む。裁きの場ではイエスは妥協しない、過激とも思える発言に終始。これは明らかに自ら預言者としての死を覚悟していたと解釈できる。
 
 また、最後に故郷を訪れた時イエスは老いた母と兄弟に特に声をかけない。なぜと聞かれてイエスは「神の前では全て母、兄弟」と答えている。教義・理屈ではそうであるが、私は人間としては無慈悲と思った。イエスは良い意味で原理主義者と認められるが、東洋人の私には親をも愛せぬ者は人間失格と映る。
 なお、キリスト教の創始者はイエスではない。イエスは自らをユダヤ教の預言者と語っている。父と子と精霊の三位一体を基本教義とするキリスト教とは、弟子の一人パウロによる創始。イエスは民衆の中で当時の聖職者の腐敗堕落を批判し、聖典に基づく平等主義を訴えている。だから、イエスの絶対化・神格化とはイエス自身の本意から最も遠い。
 また通常、イエス最後の言葉の「全ては終わった」は人類の贖罪と解釈されている。しかし、誰であれ誰かの罪を贖うことはできないのは明らか。法律・道徳上から受け入れるのは困難のはず。

 そして、絶対者・超越者としての神とは言葉で表現ができない。神と人間が隔絶しているとの前提からはどう説明しても論理矛盾となる。しかし、客観的に言えることは一神教のヤーヴェ(エホバ)とは民族神話に基づく民族神であって、インド神話に基づくシヴァ神、日本神話の天照大神となんら変わらないということ。このため他の民族に共通する普遍性はない。また、仮にキリスト教の神を「絶対愛」と説明しても、常に二重基準の現実(正義と愛)に苦しむはず。人間のための宗教の視点からは荒唐無稽と映るに違いない。

 欧米の知性が考える神とは、我が内と外に共通の神God。それは東洋人が考える我が内なるBuddhaと同じ。つまり我が内なる神仏(神性・仏性)のこと。この視点からは宗教間の対話は可能。それは我が内と外とに共通の形式・構造を意味する。それは良心とも表現される。

 なお、この映画は現在、GYAO!で無料視聴できる。(6/23まで)

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