介護記録100612

画像6/4 実家訪問、買物同行、叔母の施設入所申込
 ヘルパー、デイサービスの記録とも特に変わったことはない。父は腰が痛いと言っているが、通院は月1回のみ。温めると良いと言うので、家での毎日入浴を勧めるが、デイサービスでの週2回の入浴で良い、家ではもったいないと変にこだわる。
 先日、父の義妹(私の叔母)は身体の具合が悪いので特別養護老人ホームの入所申込者(窓口)になって欲しいと、甥の私の所に連絡があった。それ以来、父は機嫌が悪い。妻(母)が亡くなって親戚関係はない、普段から疎遠、未婚の義妹(叔母)は実家へ連絡すべきと言うのが父の理屈。
 亡き母は、歳の順に姉(90歳)、母(故人)、妹(83歳)、弟(故人)の4人兄弟。弟は10年程前に死亡。その後姉妹3人は代替わりで実家とは疎遠、妹(叔母)はずっと未婚で現在、要介護3。体調が悪く、時々ショートスティを利用していたが今回、施設入所のため、親族のサインが必要、親しい友人のMさん、担当ケアマネNさんを通じて、私に連絡があったもの。私は申込者になるのは構わないとの立場。90歳の叔母に話しをして、甥が4人いるが私が窓口となることで話しはついている。母方の実家へも報告だけはする必要がある。万一の場合は、姓が同じ亡き弟(叔父)を頼るのが道理。単身で生活保護受給のため、金銭面の負担は考えなくて良い。
 父は妻(母)が亡くなれば、母方の親戚とは他人。しかし私は甥として血縁があり、普段疎遠にしていても、頼られれば、終末介護、看取りで、できる協力はやらざるを得ないのが心情。父が私に関係ないからかかわるな、母方の実家に任せろとの言うのは、ずいぶん薄情と映る。私には、親族と連絡がとれ安心している叔母の姿が目に浮かぶよう。
 父の1週間分の食料品購入に同行、車で送り届けて帰宅。

6/6 父から電話、腰痛で通院
 日曜日の午前に父から電話、腰が痛いので午前中に診察しているMクリニックへ連れて行ってくれとの電話。主治医のBクリニックは休み。今朝起きたら痛いと主張。訪問して聞くと、月1回行くBクリニックへはまだ行っていない、痛くて寝られないことはない、立っているときも座っているときもほぼ同じ痛みと言う。
 受診したMクリニックは2時間待ち。現在処方されている薬の一覧を提示。医師の所見は、通常の高齢者の腰痛ではなく、腰をひねったようだとのこと。現在のものよりしっかりした腰ベルト、湿布薬、弱い鎮痛薬の処方、主治医のBクリニックへの意見書作成。
 おでこの右にすり傷跡、何かにぶつかったのか不明。コミュニケーション不良のため、左右のどの足が痛いのかもはっきりしない。寝違えたのか、横になった姿勢で本を読み悪くしたのか、転倒したのかと聞いても、ないと返事。大体、腰を温めると良いと分かっていても家では入浴せず、筋力をつけるための散歩もしていない。帰りの車の中で父は、平然と明日主治医のBクリニックへ行くと言う。辛かったらタクシーで往復とアドバイス。高齢者にとって2時間半の時間はなんでもないが、私はこの間に用事を一つ済ませ、帰宅してすぐに妻と外出。3か月の孫との対面、買物、外食外出へ。こちらはかわいい。

6/12 叔母訪問、施設申込面談
 首都圏某区の施設を訪問。担当ケアマネNさんと午後2時にロビーで待ち合わせ。事前にNさんから送付されてきた申込書2枚を記入して持参。施設相談員Oさんと申込面談。Y叔母は車いす使用、入浴全介助で、在宅では何度も転倒して危険。現在、ショートステイ利用だが、このまま特別養護老人ホームへ入所が望ましいとの判断。一部、申込書を加筆修正して提出。叔母はずっと単身、生活保護受給。施設入所で甥へ経済的負担、面会依頼などはないと聞く。アパート自宅のごみ、清掃等はケアマネMさんが叔母の親しい友人のMさん、Sさんと相談して対応してくれると聞く。
 施設4階のデイルーム、居室で叔母と面談。気力、体力が落ちてるのか叔母からはあまり話しはない。叔母はずっと体調が悪く事情で、私の結婚式、母(叔母の姉)の葬儀も出席できなかった。会うのは20年ぶり、電話で話したのは母の葬儀のさいで1年ぶり。甥4人とも疎遠な状態。
 申込書写しを見せて手続きが終わったと説明。私が安心して元気で暮らしてと声かけ。そのつど叔母は涙、やはり最後に頼るのは親族と安心したよう。私から私の名刺、私と孫の写真を託す。叔母から100円ほどのチョコレートをいただく。おばの精一杯の気持ちのよう。何か困ったことがあったら連絡してと伝える。
 1時間ほどで終了。7月中旬に某区評価結果通知、その後に施設で2週間以内に二次評価。単身、在宅生活では転倒で危険なので「優先度は高い」となるはず。ショートスティ継続でそのまま本入所の方向。8月に施設から入所打診があったら再度、入所面談。
 それにしても亡き母に顔立ちがよく似ている。遺伝なのか左目が不自由なのも同じ。母達の年代は貧しく苦労したが、そのお陰で今の自分達が多少とも余裕のある生活ができているのではと感じた。貧しい故に、他人に構っていられなく、充分な医療も受けられなかったのではと推察。
 帰宅して、親しい友人のMさん、一番上のM叔母へ電話で経過報告。

6/12 実家訪問、買物同行
 夜に訪問、先日の通院同行騒ぎのあとの確認。痛み止め薬、湿布薬、腰ベルト変更で多少は症状は改善と聞き、ひと安心。6/7に主治医受診、CT等の検査をしたが、検査結果は翌日行かずに6/14に行くと言う。デイサービス、ヘルパーの記録とも特に変わったことはない。先日、デイサービス利用者で1名、肺結核を発症。接触者検診で6月末に施設でレントゲン検査との通知が私にあった。本人に聞きながら問診票を記載、熱などの症状はなく、胸のレントゲン検査は10年以上前、ツベルクリン反応・BCG接種は不明と記載、連絡ノートにはさむ。大体、91歳の父の年代は結核などの感染症が蔓延、現在まで生き延びたのは、既に身体に抗体があるため。
 父へ簡単にY叔母の報告。父の実兄(私の母の姉であるM叔母と結婚)が亡くなった時の気持ちの行き違いの経緯があるのか疎遠。父はM叔母と自分は他人で関係ないと言う。私はそれはM叔母と父との問題で、息子の私には関係ないとたしなめて終了。
 1週間分の食料品を購入し、父を送り届けて帰宅。

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