介護記録111229-父が退院、家庭復帰、再入院-

画像12/25 面会
 午後7時過ぎに妻(嫁)、次女(孫)と一緒に訪問。父はトイレから杖をつきながら女性CW(ケアワーカー)に付き添われて居室に戻るところ。よいしょよいしょのかけ声を発しながらすり足で歩行。居室の整理、洗濯済みの衣類ををまとめて私の車へ運ぶ。父に明日午前10時退院と伝える。父は早速床屋に行きたいと言う。しばらくして明日何時と確認すると、正確に答えることができるので認知症とは言えない。
 妻、次女は前回は車いす利用状態だったので、自立歩行の父の姿をみてすっかり元気になったとの印象。しかしかなり痩せたとも言う。父がベッドに横になったので退出。CWからは寂しくなる、父がシュレッダー作業をしてくれて助かったと優しい声かけ。父は気軽な明るい性格、92歳でリハビリ訓練に頑張ったので職員からは良い印象を得ていたよう。しかし3か月の入院・リハビリと短期間、デイケアで通所していた施設でもないので互いに信頼関係を築くまでは至らなかったよう。

12/26 父が退院、家事援助
 時間で訪問、居室内の私物撤去。医療ソーシャルワーカーNさんから21日分の薬受け取り。老健施設、在介支、かかつりけ医への診療情報提供書を渡される。窓口で支払いは13万円、うち入院時の保証金5万円を充当。アメニティ、私物洗濯の業者支払いは後日別途。父は杖をつき大勢のスタッフに手を振られて退院、エレベーターで階下に降りたものの、そこからは手すりがなく疲れて歩行できず、私が左腕を抱えて車へ。
 帰宅してトイレに行ってそのままベッドへ。昼前に起きたので水分補給をして昼食。おかゆ、主菜(パックのブレンダー食)、つぶしたバナナ1本、とろみのホットココア。すべてとろみがある食べ物でスプーンで摂食させ様子見。病院の快適な温度に慣れたせいか、少し室温が下がると父は寒そうに身体を震わせる。むせ(せき込み)はなく食器を持ちあげて食べて危険はなさそう。食べ疲れか父は再びベッドへ。
 本日は3時半にヘルパー訪問、挨拶と病状説明。居室、台所、トイレの掃除、私は掃除までは気が回らないので負担軽減で助かる。父を起こしてヘルパーさんが帰ると伝えると、横になったままで手を振りバイバイ。
 夕食は午後6時、同じくおかゆ、主菜(パックのブレンダー食)、つぶしたバナナ1本のほか、フルーツゼリー。夕食後の服薬はお茶に薬を溶かしてとろみをつけてスプーンで。
 父はたびたびトイレにいくものの自立しているので助かる。食後に父は台所の食器の棚を点検、何か探しているのでなくただ見たかったよう。何かに興味を持ち自由にできることは良いこと。父はヘッドホンでラジオを聴きながらベッドに。部屋の暖房を切り午後10時過ぎに私も2階で就寝。 

12/27 家事援助、車いす借用
 戸建ての家は寒くて午前4時過ぎに目が覚める。階下の父の様子を見に行くとエアコンは消してあるのに布団がずれて足を出して寝ている。布団を直し電気を消したが、眠りの浅い父は「何だよ」と反応。夜中にもトイレに行くよう。台所の浴室側にシャツと靴下1足が放置、後で理由が分かる。居室のエアコンを低めにオン。
 いつまでも起きてこないので、雨戸を開けると起床、父にごはんと声かけ。着衣が変なので聞くと、夜中に風呂にはいったと返事。お尻が気持ち悪かったようだが、身体を拭いたはずのタオルなく疑問。昨日は食べてはベッドに横になっていたので、夜昼関係なく夜中でも行動するよう。エアコンはつけた形跡がなく、相当の冷え込みだったはず。
 父は自分で紙おむつ交換、更衣を1時間ほどかけのろのろと、あえて手は出さない。朝食は昨日と同じおかゆ、主菜(パックのブレンダー食)のほか、つぶしたみかん、フルーツゼリー。食前には常にとろみの水分補給。病院の快適な生活に慣れたのか、父は室温が20度以下だと腕、足とも小刻みに震えるのが気になる。
 食後に父はベッドに横になってから、「何か変」と言う。病院の退院手続きで10時に役所に行かなくては、Oさんのところに行くと主張。病院ぼけ、コミュニケーション不良、脳障害のいずれかは不明。父に「退院した人は」と何度も手を挙げさせ納得させる。断片的な事実を組み合わせた妄想と理解すると、「10時の退院時に先生に挨拶していない」「介護保険は役所へ手続き」「民生委員のNさんの訪問メモを見た」からの連想のよう。何か思いつきで面白い話をしたかったのかも、その後は一切言わない。
 正月の外出のためケアマネ事業所から1/5までの予定で車いす借用。昼食は具入りのうどんを用意、うどんも短くカット。父はおいしそうに完食、3か月ぶりの普通食。具材も細かくスライス、父は箸とリハビリ用スプーンを使って食事。そばで観察していた私も危険な場面はなかった。敢えて昼の明るい時間にしたのは何かあったときの用心で、食前に水分補給、食後につぶしたイチゴととろみのホットココア。食後はベッドへ、まだテレビや新聞はつらいよう。病院でのリハビリは日中横になることは不可、訓練のための訓練で具体的な家庭生活へのつながりは難しいと私は判断。
 夕食は水分補給の後、おかゆしらす和え、ジャガイモ味噌汁カイワレ添え、つぶしたバナナ1本。薬を溶かしたホットミルクはストローで、特に問題なく完食。少しずつ普通食に切り替えへ。私は実家では寒く寝付かれないので本日から帰宅。疲れて午後7時過ぎに就寝。

12/28 家事援助、尿失禁、床屋、嘔吐、便失禁、低体温、再入院
 私はよく寝てさすがに午前4時過ぎに起床。父は昨日も2回ほど室内でこけて抱え起こしたので、トイレで転倒しているか気になったが、そのまま休息、朝食を済ませる。午前7時に訪問。歩きながら少し不安になったが、長丁場になりそうで気にしても仕方がないと自分に言い聞かす。

(転倒・尿失禁/午前7時)
 実家の玄関を開けると、父は玄関のトイレ前で転倒していた。尿失禁があるものの幸い時間がたっていないのて体温は正常。起こしてトイレ誘導、紙おむつ、ズボン、靴下の交換。抱えて移乗したトイレでした大便は普通で、退院時の下痢便気味は解消。水分補給をしてベッドに横へ。
 30分ほどして父にごはんはと聞くと、いらないとの返事。混乱しているのか聞こえないのか不明。手でごはん、起きてとのヂェスチャーで父は起床。朝食はきのこ・あぶらげ・カイワレ味噌汁、しらすは和えおかゆ、主菜(パックのブレンダー食)、小分けしたみかん、薬入りホットミルクで、父は完食、みかんも両手で中身を上手に食べる。転倒した後遺症はなさそう、小さな玄関マットに足をとられたかもしれずこれは撤去。朝食後に父はいつもの勤行・唱題、その後ベッドへ。

(昼食/正午過ぎ)
 昼食は父の大好物のうな丼(普通のごはん、ウナギ刻み)、朝の汁の残り、フルーツゼリー、ココア(とろみなし)はストローで。水分補給はストローで支障ないよう。多少のむせはあったが父は完食。食事中に新聞代集金のため知り合いのUさんが訪問、父は元気に手を挙げて返事。

(床屋/2時)
 食後に父が要望していた床屋へ、先日借りてきた車いすがあって便利。知った方がやっていて気心が知れていて安心。シャンプーの際に前屈みの座位保持困難で、私がズボンを持ち上げて介助。父はほとんど会話らしき物はせず、問いかけに簡単に返事するだけ。ほとんど聞こえていないせいもある。暖房はきいているものの、父の寒いとの訴えに膝掛け着用。
 車いすで3分ほどの距離、ひざ掛けをしたものの少し寒く身体を冷やしたか気がかり。幸い陽射しはある。帰る途中に近所のスーパーがあり父は、「○○へ(スーパーの名前)」と言うが、私は寒いので今度と返答。

(帰宅/3時)
 帰宅してしばらくTVを見ていたが、父はベッドで横になる。水分補給はなし。

(嘔吐/4時)
 ベッドの父の様子を見たら、父は入れ歯を枕元に放置して仰向けに寝ている。私が汚いので台所で洗って片付けて戻ると、父は昼食らしきものの一部を嘔吐している。苦しいのか横向きの姿勢。原因は入れ歯を外した際に口内に残っていた食べかすを仰向けのまま嚥下してむせたよう。シーツも交換。
 病院やケアマネから口内に残った食べかすに注意と言われていて私も気になっていたが、入れ歯は汚いイメージがあり放置していたと反省。以前のように父が自分で着脱、ケース収納、うがいをするはずと思いこんだ面も。

(私が外出/6時~8時)
 私はすぐに夕飯は無理と判断、父が寝ているのを確認して、私は午後6時から8時にいったん帰宅、入浴、食事を済ませ、尿失禁で不足したフェイスタオルを購入して再び訪問。

(便失禁/8時)
 再訪問すると今度は父はベッドの前で仰向けに横たわっている。いやに便のにおいがすると思いつつ、起こそうとすると、(自分で尿でトイレに行った後の)紙おむつの後ろがずれて臀部は便まみれの状態、今日2回目の転倒。衣類を全部脱がせて風呂場に。シャワーへのあと7分ほど湯船に。父に「熱くないか」と聞くと「ちょうど良い」と返事。
 父は力が抜けた状態で姿勢保持ができなく、手すり、イスにつかまる手の握力もほとんどない。
 それにしても43kgの父を私がひとりで後ろから抱え引きずっての移動は重労働。入浴後の水分補給は吸い込む力が弱弱しい、吸い飲みでも少しだけしかダメ。着衣も全面介助で、なんとか再びシーツを替えた清潔なベッドに横にさせる。結局夕食、投薬はなしでしばらく横になってもらう。父は息も弱弱しい状態。父の便失禁を見た私の最初の思いは、ああやったなとの冷静な思い。下痢便でなくきれいなウンチで良かったとの第一印象だった。私は普段、吐瀉物、排泄物には敏感で考えただけで気持ち悪くなることも。父の大量の大便を見て不思議と冷静だったのは、頭でも心でもなく、厳粛な何かを生命で感じていたからのよう。
 私は便失禁の片付け、清掃、下洗い、洗濯乾燥機の運転。

(低体温/10時)
 しばらく様子を見ていたが、低体温、目がうつろ、呼吸が弱々しい状態。涙目をティシュで拭くと「痛いよ」との反応。電話で自宅の妻に相談、当然救急車を呼ぶべきとのアドバイス。私はしばらく父の様子をみていたが、このまま在宅で静かに看取るべきかしばし思い悩む。家庭で死亡は警察事件、それでも良いとの思い。92歳は何があってもおかしくない状態。父はやるべきことはやり思い残すことはないはず。元気な時の父は息子の世話になりたくない、嫌と言っていた。立場を変えて自分も子どもにはそう思う。
 午前10時半、さらに低体温で明らかに異常。ここで119番、電話にでた女性のオペレーターに病状説明、救急車を呼ぶべきか悩んでいると相談。オペレーターは救急車出動させると言う。深夜なのでサイレンは鳴らさずにとの要望は、それはできないと言われた。
 救急隊到着、後期医療証、薬袋を持って同乗。先日退院したN病院は受け入れ体制不可、駅・バスターミナル近くのK病院が受け入れ可で、そちらに向かう。車内で心臓機能低下、血圧低下で深刻な状況と聞く。延命措置を希望するかと聞かれて、高齢のため希望しないと回答。やりとりの中でなぜ救急要請をしたかと聞かれ、「助けたい」との思いがあったはずと言われる。父は弱々しい状態だが決して苦しそうな様子はなかった。家族として最後は在宅でとの思いとは別に、社会人として最後は病院へとの考え優先させたよう。静かに自宅で父が冷たくなっていくのを見守ることも選択肢のひとつだったと思う。

(入院/11時)
 病院到着、父は処置室へ。検査が終わり当直医から説明。脳の新たな障害はなし、肺に誤嚥下の所見と言う。私から入れ歯をはずした時の口内食べかすの状況を説明。医師から救急隊からの報告で延命措置は望まないとあるが、万一の人工呼吸はどうするか聞かれ。私は改めて高齢のため望まない、ナチュラルで願いしますと伝える。処置はリンゲル、酸素投与の応急処置と決定。
 看護師へ父の「個人情報確認票」を提出してヒヤリングを受け、その後に病室に案内されたのは日付が替わって午前1時過ぎ。 危篤状態ではないが経過をみるしかない状態。個室のためそのまま泊まり込みもできるが、長くなりそうで休むために帰宅へ。駅前でタクシー待ち、いったん実家に寄り戸締まり、消灯して自宅へ戻ったのは2時過ぎ。

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