【1】東アジア鉄道の旅-インド北部2014年2月-

1-1 旅の企画2013.10.15

(日程)
 ウルムチ、ホータン、敦煌などの中国西部の旅を終え、次の目的地はインド、釈迦の悟りの地ブッダ・ガヤーとその周辺地域。幸い成田~ニューデリーには、ANA(NH)直行便が運航。スターアライアンス系のため現在セーバー特典、往復5万マイルで航空券を確保できる。(その後必要マイル数がアップ)
 往路は成田夕方便で深夜にニューデリーに到着。初めてのインド、安全策で空港ビル内で一泊、夜明けを待つことに。帰路も深夜便だが成田到着は昼過ぎ、こちらは問題ない。
 問題は旅行時期。北インド平野部は11~2月が旅行のベストシーズン、気温が比較的低く乾季、このため2月中旬に日程決定。日本の厳寒に酷暑(初夏)のインド訪問となる。

(ビザ、通貨ルピー)
 インド訪問で厄介なのは、観光ビザ、インドルピー取得、インド鉄道きっぷ予約の3つ。
 インドはビザ免除でない。観光ビザは6か月マルチビザだが、インターネットによる申請。入力してプリントアウトした申請用紙に写真を添付して申請、手数料2135円。時間はかかるが現金書留による郵送申請も可。これは旅行会社に頼まなくても自力でできそう。
 通貨インドルピーは、日本での入手も再両替も不可。現地空港到着後に両替をするしかない。これはインドの外貨事情でのルール、そうするしかない。

(鉄道きっぷ)
 面倒なのはインド鉄道きっぷの手配。インドは広い国土に鉄道網。路線距離は世界第5位の鉄道大国。しかしインド人口は12億人(世界第2位)、ニーズに対して列車本数が圧倒的に少ない。電化路線も増えつつあるが、長距離列車の表定速度は時速60キロ程度。高速列車網は未整備。
 このため60日前からネットで全国列車の予約可ではあるが、列車によってはかなりの競争率で、ウェイティングリストなるものも存在。 日本からのユーザー登録条件は2つ。携帯電話sms OTP受信とクレジットカード種別。
 ユーザー登録のためインド国内携帯電話番号(10桁、先頭に0は不可/日本8桁)に送信されるMobile Verification Code(sms OTP)は日本の私には受信不可。そのため自分のパスポート画像を貼付して、私のパソコンメールアドレスにパスワードとなるsms OTP(6文字)の送信をするよう英文メールで依頼、やっと登録可の状態に。
 これでネット予約が可能だが、問題は支払いが外国人だとアメリカン・エクスプレスカードのみなこと。退職者で年金生活者の私に新たにカード審査が通るかどうか。ネットでアメックスのカード申し込みをすると職業入力欄が無職(記載なし)は不可。そのため電話で問い合わせをして、申請書類を郵送してもらうことに。年収200万円以下だと審査は厳しそう。
 仮にカード審査が通らなかったら、きっぷ1枚Rs300(600円)程度の手数料を払って現地旅行会社へ60日前に手配を依頼するしかない。当然、予定変更でのキャンセル等はしずらい。
 4日後に郵送されてきた電話申込確認書はサイン、年収見込額、メルアドのみ記載の簡単なもの。私の運転免許証コピーを添付して返送。さらに一週間後、審査OKの電子メール。これで鉄道きっぷの予約・支払が可へ。

(ホテル)
 インドはネット大国、ホテル公式ホームページにアクセスして英文で簡単に予約ができる。今回ニュデリー3泊(初日2泊+最終日1泊)、ブッダ・ガヤー3泊の予定。ニューデリーは自手配、現地現金払い。数日後に予約確認の返信メール。
 ブッダ・ガヤーのホテル公式サイトは予約不可のため、外資系ホテル予約A社で予約・カード支払。すぐに電子メールでバウチャーが送信されてきた。

画像インドビザ申請センター公式サイト
日本語での説明、記載例があって便利
http://www.indianvisaatjapan.co.jp/careers_jp.html






画像地球の歩き方公式サイト(インド)
旅行の口コミと写真は参考になる
http://www.arukikata.co.jp/country/asia/IN/




画像インド鉄道公式サイト
サイト右上のネット予約からログインするとネット予約・支払ができる、マイページで予約票を確認できるがメールも送信されてくる
http://www.indianrail.gov.in/



画像世界言語研究センター作成
大阪大学協力、ビデオがあってなかなか良い、テキストと音声会話がダウンロードできる
http://el.minoh.osaka-u.ac.jp/flc/hin/lesson01.html

1-2 インド旅行事情(2013.10.15時点)

(今回の訪問地)
 今回は北インド平野部のデリー(直轄地)、ハリヤーナー州、ウッタル・プラデーシュ州、ビハール州の訪問。ガンジス川の上流から中流域のエリア。ビハール州はインド最貧の地域、そこに釈迦の遺跡がある。

(言語、宗教、民族)
 インドはヒンドゥー語が公用語だが、英語が補助公用語のため英語が良く通じる。エリアによってはベンガル語、マラーティー語、タミル語等が主要言語で、英語が共通語となっている面も。今回訪問の北インド平野部ではヒンドゥー語エリアのため、挨拶、数字等の簡単な学習が望ましいかも。インドは多言語・多宗教国家。多民族だが大きく分けると北方、南方二大民族で構成。

(衛生事情)
 D社の旅行ガイドブックを見ると、インド旅行での一番の課題は衛生事情。水、食べ物には充分注意との記載。YOU TUBEでデリーの街を検索しても、路上は埃っぽく、汚い。また、現地のトイレは水を汲み用をたした後で、左手で洗う方式。トイレットペーパーを持参して慣れてきたら挑戦へ。私も若い頃タイ旅行では経験済み。
 もともと小食・偏食の私は肉類がほとんどだめ。その点インドでは宗教的理由でベジタリアン料理が多く、案外私には快適かも。インド定食のターリーThali(大皿盛り)でベジ・ターリーが口に合うと幸い。だめなら食事をナン、チャパティなどのパンと水、フルーツだけで済ませることも。幸いデリーにはマクドナルド、ケンタッキーなどのファーストフードが出店。もちろん鶏肉、羊肉のみ。
 インドでは公共の場所は禁煙。たばこの煙が極端に苦手な私に、これは嬉しい。また、ヒンドゥー教(民族宗教)徒が8割のお国柄、アルコール販売は制限だが、私はもともとアルコールはほとんど飲まない。
 このため飲み水にさえ気をつければなんとかなりそう。インドの街角でのミルク紅茶Chaiも良く沸騰したものなら安全とか。そして胃腸薬を常に携行へ。

(客引き、寄付)
 ガイドブック、ネット口コミでは空港、駅前、観光地での執拗な客引き・詐欺の事例報告が相当ある。対策としては日程、時間に余裕を持たせること。そして移動は徒歩か公共交通機関利用、事前にホテルや鉄道きっぷも手配。もともと私は中型リュックサック1つの旅なので、どこでもウォーキング。
 観光地での物乞い、寄付強要はケースバイケース。シニアの私はある程度の小銭を用意しておくしか手がないのかも。インドは経済発展国BRICsのひとつだが、経済発展に伴い物価上昇と貧富の格差が拡大。カースト制度が教育格差を生み、貧困の連鎖となっている面も。女性差別は三千年来、解消していない。

(インターネット環境)
 インターネット環境は日本以上で、インドはネット大国。公共の場でもネット接続(有料)が容易で、これはありがたい。ただ、インドと通信すると迷惑メールが多くなる。セキュリティ対策は万全に。

(交通手段)
 大都市を除けばタクシーはなく、一般的な市内交通の手段はリクシャーAuto-Rickshaw、幌付きオート三輪。うまく使えると一人旅で貸し切り、行先が指定できて便利。

(物価)
 インドにはシングル1泊Rs150(300円)程の安宿もあるが、シニアの私はエアコン、ホットシャワーは必要。今回、ニューデリーでは一泊Rs1000(2000円)程度のホテルを選定。ネット大国のインドはこのレベルのホテルでも公式サイトから英文で直接予約が可。私は若い頃からアジアの安宿街には慣れ親しんできた。
 もう一つの宿泊地ブッダ・ガヤーは田舎、不便で何もなさそう。私は衛生事情が不安のため、現地クラスは高級ホテルで、日本人団体客が良く利用するというホテル、一泊Rs5000(10000円/税・サービス別途)程度を選定、こちらはネット受付可能な外資系ホテル予約A社での予約・カード支払い。
 しかし、安食堂で食べるターリーはRs50(100円)程度。インド鉄道はクラスによって10倍以上の格差があるものの、地下鉄、公共バス、リクシャーの料金はまだ極めて安い。インド国産車での一日ハイヤーが四千円程度は驚き。

1-3 釈迦の足跡

 コーサラの部族国家・釈迦国の王子であった釈迦(シッダールタ)は19歳で出家、目指したのは南東へガンジス川中流域のマガダ国。古代インド・マガダ国の首都(王舎城/ラージギル)は新興国ながら文化、政治の中心地、釈尊はここで修行、布教を始めた。
 年代順に見ると、
ラージギル:釈迦の禅定(後に放棄)の地、後の主な説法の地
セーナー(前正覚山):釈迦の苦行(後に放棄)の地
ブッダ・ガヤー:釈迦の悟りの地(伽耶城/釈迦30歳/生命の法の覚知)
サールナート(鹿野苑):釈迦の初説法の地
ラージギル:主な説法の地(霊鷲山、竹林精舎)、後の第一回経典結集の地
クシーナガル:釈迦入滅の地(大林精舎/釈迦80歳)
 覚者となった釈迦は40年以上も各地を訪問して民衆の中で説法をした。八万法蔵と言われる膨大な教えは全て対話形式。霊鷲山で一切衆生皆成道の法華経を説きその使命を終えた釈迦は、やがて自らの衰えを感じて、北西へ生まれ故郷のカピラ城(現ネパール)を目指す最後の旅に出て、その途上のクシーナガルで亡くなった。三千年前(一説に2500年前)のことである。

1-4 日程(当初案)2014.02.11~22

            NH917          Airport Metro 
2/11(TUE)NRT→→→→→DEL(IGI)→→→→→New Delhi
          1720        0020+1           0720 
                      0700
2/12(WEN)※Staying in New Delhi

2/13(THU)※Staying in New Delhi ※Going to Agra 

        12560 SHIV GANGA EXP
2/14(FRI)New Delhi→→→→→Varanasi JN
        1855             0725+1
              
2/15(SAT)※Walking around Varanasi & Sarnath

         13152 SEALDAH EXP      Auto-Rickshaw
2/16(SUN)Varanasi JN→→→→→Gaya JN→→→→→Buddha Gaya  ※Staying in Buddha Gaya
          0130            0646 

2/17(MON)※Staying in Buddha Gaya  ※Going to Rajgir

2/18(TUE)※Staying in Buddha Gaya 

              Auto-Rickshaw  12397 MAHABODHI EXP
2/19(WEN) Buddha Gaya→→→→→Gaya JN→→→→→New Delhi
                          1430          0500+1

2/20(THU)※Staying in New Delhi 

               Taxi                     Taxi     
2/21(FRI) New Delhi→→→→→Soka Bodhi Tree Garden→→→→→DEL
         0830           1000                     1500
                        1400
               NH918
2/22(SAT)DEL(IGI)→→→→→NRT
         0125           1250       

【2-1】へ
http://sey.at.webry.info/201505/article_2.html

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