sey

アクセスカウンタ

zoom RSS 2016年2月・西日本の旅−おとなびパスの旅【3】

<<   作成日時 : 2016/02/18 23:59   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像紀伊田辺
北新町道標(道分け石)
右「紀三井寺」(和歌山)と読める、基本的に和歌山方面と熊野本宮方面の案内表示






画像紀伊田辺
奥が紀伊田辺駅、道標の意味はメインの中辺路(なかへち)の案内で左が熊野本宮、手前が和歌山となる、そして奥が大辺路(おおへち)







画像さらにこの道を西へ
奥のT字路左のセトモノ屋店先に本町道標
熊野古道のなかで中辺路(なかへち)は有史以前からの主要な参詣路
 田辺市は熊野入口にあるので口熊野(くちくまの)と呼ばれた、また熊野古道の中辺路と大辺路の分岐点でもある、ま、皇族が利用した大阪〜田辺〜本宮〜新宮(速玉大社)〜那智の参詣道には道案内として熊野・九十九王子(御子神/道案内の祠)があった、なお京都〜大阪と本宮〜新宮はそれぞれ淀川、熊野川を船で下った

画像紀伊田辺
本町道標(道分け石)








画像紀伊田辺
道標は奥が熊野本宮、手前が和歌山となる、右は大辺路








画像西へ会津川を目指す









画像会津川
奥の会津川右岸が本来の熊野古道中辺路、つまり先ほどの2つの道標は東に行き過ぎたので早く北へとの案内、また渡河は上流でやるのが一般的






画像紀伊田辺
オレンジ線が古道








画像出立(でだち)王子案内標識
手前が和歌山方面








画像 出立(でだち)王子
熊野・九十九王子(御子神/道案内の祠)の68番目、右奥が古道、九十九王子の最終は那智山大門坂途中にある多富気王子、99とは実際の数ではなく数の多さを言ったもの






画像紀伊田辺駅
右は観光案内所、パンフレットが充実、親切に説明してくれる








画像紀伊田辺駅
特急しろしお、これは新大阪行、左に青色2両の普通電車、翌日に那智−紀伊勝浦でこの普通列車に乗車、ブルーの色合いが素敵







画像紀伊田辺駅
くろしお1号新宮行、旧型4両、この先から単線区間となりスピードダウン、特に南端の串本付近では180度進行方向を南から北に変えるので最徐行






画像くろしお車内
やはり座席にラックはない、飲食に不便








画像沿線風景(車窓)
南紀は南、太平洋の暖流で暖かい、花モモ、桜(カンザクラ)も咲き春本番のよう、本日も快晴
【追記】新聞報道では早咲きソメイヨシノも咲いたとか






画像線風景(車窓)
近くから見ると熊野灘はエメラルドグリーン








画像新宮駅
県境駅、ここから東は三重県








画像駅前広場から
右奥の駅前商店街を行くと熊野速玉(はやたま)大社へ、商店街は人通りがなく閑散







画像新宮城址
私は少し遠回りをして城址の上から市街を眺望








画像熊野川(新宮川)下流









画像新宮市街地
斜め道路の奥が熊野速玉神社の森








画像バス停名は権現前
「権現」とは私もこれが一般庶民の理解と思う、それは通常「神仏混合」と説明されるが、正しくは、「他のもの」を「我がこと」として受け入れる意識・精神に他ならない、大乗思想が基調とも言える






画像熊野速玉大社
熊野三山の一つ、新宮駅から徒歩20分、世界遺産、無料、私は風景になじまないこの朱色に違和感、現代の視点からは熊野信仰自体に意味はない、なお沖縄の神社は熊野信仰が主流、明治政府の権力に迎合しなかった、明治政府の最大の愚策は@神仏分離令A国家神道の強制。神社詣が習慣として残ったのは江戸・東京圏。京・関西圏は異なる。東京の常識が日本の非常識であるのは明らか。これが絶対的権力を持つ国家=支配層の論理でしかないのも自明の理。


画像熊野速玉大社
熊野速玉大神は薬師如来の垂迹・権現とされる、天台宗の影響が認められる<、その視点からは仏教は多神教と説明できる







画像日本神話に基づく「地主神・民族神」とは世界に通用する普遍性がなく、理論を仏教に求めないと浦島太郎、桃太郎民話と同レベル、教義も経典もない「神道」は宗教の名に値しない







画像参拝した貴族名
この中で崇徳上皇、後鳥羽上皇は島流し(最高刑)・・・、もっとも公家側は真言僧に戦勝祈祷を行わせた・・・







画像新宮駅
特急ワイドビュー南紀、JR東海の特急が紀伊勝浦まで乗り入れ








画像自由席車内
次は終点の那智勝浦








画像紀伊勝浦駅
停車中の南紀








画像那智山行バスチケット
紀伊勝浦駅前から那智山へはバスで25分、片道620円、往復割引きっぷ1000円







画像那智山へ
バス終点からこの階段を上る、かなりきつい








画像熊野那智大社
鳥居の額には「那智山熊野権現」、主神・熊野夫須美大神は観音菩薩の垂迹・権現とされる、天台宗の影響と認められる







画像熊野那智大社【神社】
鳥居の額には「那智山熊野権現」、主神・熊野夫須美大神は観音菩薩の垂迹・権現とされる、天台宗の影響と認められる







画像那智山青岸渡寺【寺院】
世界遺産、明治の神仏分離令で青岸渡寺が独立、こちらも観音菩薩をまつる、天台宗寺院







画像那智大滝(遠景)
日本三名瀑の一つ、一段の滝で133mの落差は日本一、信仰の対象となってきた景観が世界遺産







画像那智大滝入口
階段を下る








画像那智大滝階段下に瀑布









画像那智駅
普通列車のみ停車の無人駅、復路バスでここの駅前で降車、左は温浴施設と道の駅、右横に地下道で熊野灘(太平洋)に出られる







画像那智駅前
中央の道を行くと神社、その左奥に補陀落山寺








画像補陀落山寺
那智駅から徒歩3分、寺院遺跡が世界遺産、天台宗寺院、補陀落山Potarakaは古代インドの南海岸にある山で観音菩薩が住むとされた
ちなみに私は南インドを訪問のため、その意味は正しく分かる






画像補陀落山寺
たまたまグループ見学客があり本堂オープンで一緒に見学、終了すると扉は閉められた、仏像は異様と私は感じた、現代の視点からは仏像崇拝に意味はなく、去年の暦を見ているよう、覚者・釈尊の本意は・あなたと私の平等主義・・・これ以外の解釈はムダ




画像供養塔へ









画像供養塔
手前が代々住職供養塔、30日分の食料のみで渡海の捨身行は当然ながら後代に廃止、改めて仏より人間(凡夫)が大切と思う、人間のための宗教の視点からはそうなる、「依法不依人」は釈尊の戒め【法=法華経】





画像熊野灘(太平洋)
那智駅ホームから望む、後ろに補陀落山寺がある、この静かで明るい海は厭世思想と無縁のはずだが、同じものを見てその人の境涯で苦とも楽とも見るよう






画像紀伊勝浦港
湾の奥に温泉ホテル








画像天然温泉公衆浴場・はまゆ
硫化水素泉はめずらしい、しかも掛け流し、万病に効くよう、320円、毎月7日・22日定休、那智勝浦駅から湾を巡るように奥へ徒歩10分







画像紀伊勝浦夜行バス停
勝浦温泉2000発夜行バスで横浜へ、鉄道会社が主催運行、本日のバスは三重交通(右のバスではない)、競争がないためか料金はやや高め、本日は3本の列車に乗車だけ、良く歩いた







【まとめ】
 前々日に関東が春一番で強風、この時期列車の遅れ・運休が気になるところ。1日目は山陰地方で春の日本海を眺めながらのんびり特急列車の旅。京都〜姫路・上郡〜鳥取〜益田を特急乗車、さらに山口線特急で山陽地方の新山口に出て、ここで1泊。山陰本線は単線、この日はすべてディーゼル車の特急となった。おとなびパスで新山口から新幹線を使い1日で京都に戻ることもできる。若い頃、青春18きっぷで京都から山陰本線を普通列車で宿泊をしながら幡生・下関まで677.3kmを乗り通したのは懐かい思い出。いまでも益田−下関は普通列車のみ、本数も少なくローカル線の雰囲気が残る。
 ちなみに現在、山陰本線普通列車で京都→下関は土曜休日なら1日で可だが、下関→京都は全く不可。さらに日中に山陰本線で日本海を眺めての旅は下関始発、接続の都合で途中を特急利用しかない。
 2日目は新山口駅から700系ひかりレールスター、岡山駅で乗り換え500系こだまに乗車、これは鉄道ファンとしてのこだわり。JR西日本は車両にバラエティがあって楽しい。姫路からは在来特急で久しぶりに城崎温泉へ出て、入浴休憩。引き続きJR西日本の特急列車5本に乗り継ぎながら、和歌山県・田辺市でさらに1泊。
 3日目は紀伊半島南部の紀伊田辺〜新宮を列車で巡る途中に、ほんの一部だが熊野古道(世界遺産・紀伊山地の霊場と参詣道)に立ち寄り、おおよそのイメージをつかむ。
 現地までは往復とも夜行バスを利用。時間節約で現地早朝着、すぐに行動開始。最終日ものんびり観光、入浴後に夜行バス乗車で帰宅へ。
 私は大人の休日倶楽部ジパング(東日本)の会員。そのためJR全線運賃・料金が30%引き。それでも夜行バスの方が料金が安く、時間も節約で利便性は高い。残念ながら今は寝台特急がほぼ廃止、列車旅の面白さも半減。
 このため私は次回、同じく往復夜行バス利用で本格的に紀伊山地の世界遺産巡りにチャレンジへ。世界を旅しているので長距離バス乗車に私はあまり抵抗感がない。もちろん安全のためシートベルトは常に着用。

【コメント】
1 平野部と山間部の天気
 大気が安定すると風の向きは基本的には海風循環。海と陸の温度差から日中は冷気→暖気のため海風。夜間は陸の温度が下がり海は温度の変化が少ないのでやはり冷気→暖気のため陸風となる。
 日本は山国のため風の流れが山岳を上っていくと、空気は上昇気流で冷やされて、峠を越すと逆に下降気流で温められる。大気は冷たいと飽和水分量は少ないが、温められると水分量が多くなる。従って日中に海の湿気を含む海風が入ると、水分をたくさん含む暖気は上昇して雲となり、平野部で雲がなくても山間部では風が山にぶつかり上昇するので雲となり、雨や雪となりやすい。

2 山間美
 日本は島国のため美しい海岸線が特色。私は今回、中国地方のさほど高くはない山間部を列車でめぐった。北に智頭急行線・因美線で鳥取へ、南に山口線で益田から新山口へと、列車の車窓から山間部を眺めた。そこには静かで落ち着いた山間部に家屋が点在していた。日本は山が多いので山国でもあるが、山間部には海岸美に負けない山間美があって、これもまた世界に誇れる資源、資産でないかと私は思った。そこでは自然の地形を生かし、最低限の手を入れるだけで、自然と調和しつつ時間がゆっくりと流れるような生活のための知恵がある。
 島根県津和野は古い街並みが保存された美しい街だが、津和野川沿いに集落が南北に連なっていて、東西は山に囲まれている。この街の美しさもまた、山と川の自然環境を生かした山間美であると言える。なお、津和野は山間部なので川を渡る風は冷たく、春はまだ。 

3 各地の春だより
(1)近畿・播但地方
 山と田畑には萌黄色の芽吹きが既に始まっている。播但線は生野駅付近がサミットのよう。川の流れる方向も南から北に代わる。12月下旬に来たときには気温がかなり低かったが、春の暖かい陽射しの中でずいぶん印象が変わる。確かに関東と比べると近畿の緯度は少し南に位置する。
(2)山陰地方
 冬の日本海はどんよりとして陰鬱と表現される。今回天候に恵まれ明るい春の陽射し、かなり印象が変わった。もちろん列車で長距離を移動したので時にはみぞれまじりの場所もあった。それはそれで春の音づれが近いと思わせるものだった。
(3)南紀
 車窓からは梅の花が鮮やか、菜の花も見られた。確かに和歌山は梅の産地と思った。南紀はだいぶ南、暖流の影響もあり、歩くと汗ばむほどの陽気。花モモや桜(ヒカンザクラ )も見かけた。海風と地形の影響で紀伊山地は深い緑になると実感する旅だった。

4 旅のまとめ
 春の天気は変わりやすいが、幸い3日間とも晴れて風もなく穏やかな天気だった。ただ列車で長距離を移動しているので、車窓にみぞれや雨のところも部分的に見られた。やはり海沿いは時間帯によって天気が荒れる。このため益田は雨、城崎温泉ではみぞれまじりだったが傘をさすほどではない。風が止まる凪(なぎ)の夕方は大気が安定するよう。近畿、山陰は首都圏と比べるとやや緯度が南、そのぶん少し早い春を体験した旅となった。旅をすると天気に敏感となる、それも旅の良さ。
 鉄道ファンとしては、JR西日本の15本の列車に乗れて大満足、3日間乗り放題きっぷの効果。また、3列シートの夜行バスも便利で快適だった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
2016年2月・西日本の旅−おとなびパスの旅【3】 sey/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる